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【作品解説】アンドレ・ブルトン「ナジャ」

ナジャ / NADJA

私はだれ?


概要


「ナジャ」は1928年に刊行されたアンドレ・ブルトンの二冊目小説。シュルレアリム運動を代表する作品の1つ。


ナジャは「私はだれ?」とい問いかけで始まり、偶然の出会いや偶然の一致を事例を列挙していく第一部、パリの路上で偶然知り合ったナジャという女性との交際の二部で構成されている。


「私はだれ?」というフランス語は、「私はだれを追いかけているかのか」という意味にもなり、ブルトンは「誰と付き合っているのかを見れば、その人がどんな人か分かる」という内容の諺を踏まえている。


「ナジャ」はブルトンが現実の世界で10日以上にわたって実際にコミュニケーションしていた若い女性(ナジャ:本名レオナ・カミーユ・ギスレーヌ・D)を基盤にしており、自動記述の手法にしたがって書いたほぼ自伝小説である。


また、ナジャの最後には、ピエール・ブーレーズのフルートコンサートのタイトル「美と痙攣的なものであり、さもなくば存在すまい」が記されている。


アンドレという名前の語り手は、さまざまなシュルレアリスム原理について思いを巡らす人物で、ナジャという人物との10日ほどの短い出来事をシュルレアリスムの理論(自動記述)によって記録を付ける。


ナジャという名前は、ロシア語で「希望の始まり」を意味する「ナディエージダ」から付けられたもので、またスペイン語で「だれもいない」を意味する「ナディー」という意味もある。


語り手は、普段、森から突然裸の美女が飛び出してくることを夢想しており、ふと通り(売春婦街)を歩いていたら、いきなり裸で歩いて行く姿をみかけて、この女性に夢中になり、交際を始める。ナジャは語りてを含めたシュルレアリスム芸術家たちの作品の話に影響を受け、自身でもシュルレアリスム作品を披露するようになる。


だが、ナジャの言葉にブルトンがついていけなくなり、ナジャがブルトンへの思いをいっそう激しく募らせ、ついには狂気の淵に沈んで精神病院へ送り込まれていくのに対し、ブルトンは逃避願望を募らせ、自責の念と自己弁護の思いに明け暮れる進行となる。ナジャは自分とブルトンを描いた神話的図像をブルトンに送った。しかしブルトンの音信は遠のくばかりだった。1927念3月彼女が精神病院に収容されたの知ったのは、それから何ヶ月もしてからのことだった。


ナジャことレオーナ・デルクールはその後も病が治らず、1941年1月1日、精神病院でがん性の腫瘍により死去。享年38歳。


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