【美術解説】近代美術「モダンアート」

近代美術 / Modern art

近代人の芸術を創造するため伝統的な芸術を破壊した19世紀後半の芸術


概要


近代美術とは


近代美術(モダンアート)は、実験精神を重視し、過去の伝統的な美術様式から脱しようとした思想や様式を抱いた芸術作品。期間としてはおおよそ1860年代から1970年代までに制作された作品で、それ以降は現代美術と区別される。写実的な初期印象派から脱しようとした後期印象派や新印象派、またリアリズムから脱しようとした象徴主義が近代美術の源流とされている。

 

近代美術の代表的な始祖は、フィンセント・ファン・ゴッホポール・ゴーギャンポール・セザンヌジョルジュ・スーラアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックといった後期印象派の画家たちで、彼らの動向こそが近代美術の発展における本質的な存在だった。

近代美術の起源


近代彫刻や建築は19世紀の終わりに現れたとみなされているが、近代絵画の起源はもう少し早い。おそらく、最も一般的に近代美術の誕生年とみなされているのは1863年である。この年は、エドワード・マネがパリの落選展で「草上の昼食」を展示して、批評家たちに批判されるなどスキャンダルを巻き起こした年である。

 

マネ以前の日付もいくつか提案されている。たとえば、ギュスターヴ・クールベの1855年作「画家のアトリエ」や、ジャック=ルイ・ダヴィッドの1784年作「ホラティウス兄弟の誓い」を近代美術の始まりとみなす人もいる。

 

美術史家のH.ハーバード・アーナソンによれば「それぞれの日付は、近代美術の発展において重要な意味を持つが、まったく新しい始まりの年ではない。近代美術は100年かけてゆっくりと生成されてきた」と話している。

 

最終的に近代美術と結びつきのある思考の源は、17世紀の啓蒙主義にまで遡ることができる。美術批評家のクレメント・グリーンバーグは、たとえば哲学者のエマニエル・カントを「最初の実際のモダニスト」と描写し、「啓蒙主義は外部から批判し、モダニズムは内部から批判する」と書いた。

 

1789年のフランス革命とナポレオン時代は、何世紀にもわたってほとんど疑問ももたず慣れ親しんできた政治や社会制度を根絶やしにしたことで、近代美術の発展のルーツであるともいえる。ジャック・ルイ・タヴィッドが描いた《皇帝ナポレオン一世の聖別式》やアングルの《玉座のナポレオン一世》の主役は、国王でも、教皇でもなく、庶民からの圧倒的なカリスマによって最高権力にのぼりつめた個人が描かれた。

 

エドゥアール・マネ《草上の昼食》(1862-1863年)
エドゥアール・マネ《草上の昼食》(1862-1863年)
アングル『玉座のナポレオン1世』(1806年)
アングル『玉座のナポレオン1世』(1806年)

19世紀になると多くの芸術家たちが、自分たちが興味のある人物、場所、考えを自由にキャンバスに描写するようになった。ジグムント・フロイトの『夢の解釈』が1899年に出版され無意識の世界に興味が示されるようになると、多くの芸術家たちは、自己の経験を表現する手段として、夢、象徴性、個人的ビジョンを探求し始めた。

 

 

また、こうしたなか芸術は現実的な世界を描写する必要があるという觀念に挑戦し、色、非伝統的な素材、新しいテクニックとメディウムを利用して実験的な芸術制作を行うようになった。

 

たとえば、1830年代に発明された写真という表現手段がその1つであり、写真は世界を描写・再解釈するための新しい方法となった。より具体的には、古代神話や聖書などを基盤とした物語的芸術から抽象的芸術への移行である。

芸術運動と近代美術


「芸術運動(art movement)」は、特定の共通した芸術哲学や目標を持った芸術の傾向・スタイルのこと。芸術運動は普通、設立者または批評家などによって定義された哲学や目標のもと、限定された期間(通常は数ヶ月、数年、数十年)内で、継続的な活動が行われる。

 

近代美術において「芸術運動」の存在はかなり重要な要素であり、連続的な動きを持った芸術活動は新しい前衛表現として見なされ、美術史に記録されることが多い。

 

特に視覚芸術の世界においては、現代の美術の時代になってさえも、芸術家、理論家、評論家、コレクター、画商たちはモダニズムの絶え間ない継続や近代美術の継続に注意を払っており、新しい芸術哲学の出現に対して歓迎の態度を示す。

 

芸術運動という言葉は、視覚芸術だけでなく、建築、文学、音楽などあらゆる芸術でも使われ、芸術運動名の大半には「イズム」が付く。

 

近代美術の先駆的な芸術運動はロマン主義、現実主義、印象派だった。その後19世紀後半までに後期印象派と象徴主義が出現した。これら運動の影響は、東洋装飾芸術、特に日本の浮世絵版画の影響も大きく色彩変化をもたらした。

おもな近代美術の芸術運動


色彩や筆致そのものが芸術の表現主義の系譜


19世紀の末から20世紀初頭にかけての時期の世紀末の画家たちは、写実主義の頂点としての印象派に対する反動から、内部の世界への眼の持つ可能性や感覚的で移ろいやすい印象よりも知的な構成、形態を重視するなどさまざまな形で探求し続けた。

 

近代美術の表現には大きく3つの潮流がある。

 

1つは後期印象派らの画家、とりわけゴッホやゴーギャンらの色彩そのものが有する独自の表現力を信じて、魂から魂に語りかける芸術を創造である。ゴッホやゴーギャンらは、特にフォービズム、表現主義、抽象芸術、プリミティヴィズムに影響を与えた。

 

20世紀初頭、アンリ・マティスをはじめ、ジョルジュ・ブラックアンドレ・ドラン、ラウル・デュフィ、ジャン・メッツァンジェモーリス・ド・ヴラマンクといった若手画家たちがパリの美術世界で革命を起こす。彼らは“フォービィスム(野獣派)”と呼ばれ、色彩それ自体に表現があるものと見なし、とりわけ、人間の内的感情や感覚を表現するのに色彩は重要なものとし、色彩自体が作り出す自律的な世界を研究した。

 

特にアンリ・マティス作品の「ダンス」は、マティス自身の芸術キャリアにとっても、近代絵画の展開においても重要な作品となる。この作品はプリミティブ・アートに潜む芸術の初期衝動を反映したものであるという。冷たい青緑の背景と対照に人物造形は温かみのある色が使われ、裸の女性たちが輪になって手を繋ぎ、リズミカルに踊っている。絵からは縛られない自由な感情や快楽主義的なものが伝わってくる。

ゴッホ「星月夜」(1889年)
ゴッホ「星月夜」(1889年)
ニューヨーク近代美術館にある「ダンス(Ⅰ)」
ニューヨーク近代美術館にある「ダンス(Ⅰ)」

抽象芸術や理論的な表現の系譜


2番めの潮流は、感覚的で移ろいやすい印象よりも知的な構成や形態を重視するポール・セザンヌの理論に基づいた表現である

 

セザンヌの影響が色濃いのはパブロ・ピカソである。ピカソは自然の形態を立方体、球体、円錐の集積と見て、これらを積み重ねることで、対象を“再現”するというより“構成”してゆくというセザンヌ方法を基盤としてキュビスム絵画を発明した。

 

1907年の「アヴィニョンの娘たち」が近代美術の代表的な作品で、プリミティズム・アートの導入や従来の遠近法を無視したフラットで二次元的な絵画構成において、伝統的なヨーロッパの絵画へのラディカルな革命行動を起こした。

ポール・セザンヌ「サント・ヴィクトワール山」(1904年)
ポール・セザンヌ「サント・ヴィクトワール山」(1904年)
パブロ・ピカソ「アヴィニョンの娘たち」(1907年)
パブロ・ピカソ「アヴィニョンの娘たち」(1907年)

内面的で非現実的な世界を表現する系譜


最後は、目に見える世界だけを追いかけるリアリズム、その延長線上の印象主義に対する反動として19世紀に発生した象徴主義の潮流である。象徴主義はゴッホやゴーギャン、セザンヌなどの後期印象派の流れとは別に、ほぼ並行して発生した美術スタイルである。

 

象徴主義はヨーロッパ全域、アメリカ、ロシアにも見られるもので、ギュスーターブ・モロー、オディロン・ルドン、イギリスのラファエル前派、グスタフ・クリムトアルノルト・ベックリンエドヴァルド・ムンクなどが代表的な画家として挙げられる。

 

象徴主義はとりわけカンディンスキーモンドリアンロシア・アヴァンギャルドシュルレアリスムに多大な影響を及ぼした。

オディロン・ルドン「眼=気球」(1878年)
オディロン・ルドン「眼=気球」(1878年)
サルバドール・ダリ《記憶の固執》
サルバドール・ダリ《記憶の固執》

非美術教育の芸術


そのほかに「プリミティヴィズム(原始芸術」や「素朴派(ナイーブアート)」と呼ばれる流れがある。

 

素朴派は日曜画家のアンリ・ルソーを始祖とし、プロのうまい絵に対するアマチュアな素人のへたな稚拙な絵であるが、同時にそのへたさ加減や稚拙さが魅力になっている絵画である。

アンリ・ルソー『子どもの肖像』(1908年)
アンリ・ルソー『子どもの肖像』(1908年)

実は近代美術は現在も続いている!


近代美術と現代美術は区別されがちだが、実際のところ21世紀の現在にいたるまで近代美術は継続している。その理由を5つの共通点から見ていこう。

共通点1:科学や資本主義の発展に伴う世俗化の進行


近代美術の誕生は、西ヨーロッパや北アメリカにおいて、生産・交通などで大きな技術革新が生まれ、経済・社会・文化の構造に変革をもたらした18世紀から19世紀にかけて発生した産業革命までさかのぼる。

 

この時代、鉄道や蒸気機関など新しい輸送形態が誕生し、人々の生活や労働形態を変化させ、旅行が生まれ、国内外で世界観を広げて新しい思想を生み出すようになった。都市の中心が繁栄するにつれ、労働者は産業集約のため都市に集まり、都市人口は急増した。科学技術の進歩と産業革命を経て資本主義が高度に発達する一方、宗教の衰退をもたらし、キリスト教の社会的権威は次第に弱体化し、世俗化が進行していった。

 

西洋美術の表現の変遷もこのような社会背景の変遷と密接に結びついている。古典古代の理想美に絶対的な規範を見ていた伝統的な価値観から、美を主観的なものとして相対化し、多様であることを認める近代的な価値観へと移行したからにほからない。

 

ロマン派の画家ドラクロワは「美の多様性について」(1857年)という文章のなかで、美は古代ギリシアだけにあるのではなく、異なる時代や地域には異なる美が存在すること、偉大な詩人や芸術家が美を生み出すのは各々の個性や特異性からであると主張している。このような美意識の変化は近代以前の芸術観から根本的な変化のあらわれてあるといっていい。

 

21世紀の現在、現代美術やアート・ワールドと呼ばれている世界においても、このような世俗化の進行と並行した現代美術市場の成長、また伝統的な美から多様性であることを良しとする美の価値基準は変わっていないといえる。

パリの一般娼婦をネガティブな要素もなく率直に描いたエドゥアール・マネの「オランピア」は近代的な美の代表的なものといえる。
パリの一般娼婦をネガティブな要素もなく率直に描いたエドゥアール・マネの「オランピア」は近代的な美の代表的なものといえる。

共通点2:画商=批評家システム


作品の受容という観点から美術価値の変化が起こった見逃すことはできない。19世紀末から従来の「アカデミック・システム」から「画商=批評家システム」への移行が始まった。

 

19世紀以前、まだ芸術家たちは一般的に富裕パトロンや教会からの注文で作品を制作していた。このような芸術の大半は宗教や神話のシーンを描写する物語芸術であり、鑑賞者にその内容を教授するものだった。

 

19世紀になると資本主義や中産階級の発展にともなって、侯貴族や宗教勢力にかわって中産階級の市民が新たな絵画の受容層に変わりはじめる。受容層の変化は評価となる作品にも大きな影響を与え、これまでの歴史画や肖像画、宗教画よりも、わかりやすく親しみやすい風景画や風俗画が受け入れられるようになった。

 

また、芸術家のなかにも、アカデミック・システム内で成功をすることを目指さなくなった。クールベ、マネ、印象派などの画家たちは、フランスのアカデミック・システムから距離を置き、画商経由で特にアメリカの中産階級に受け入れられて成功した。19世紀後半に誕生したこのような「画商=批評家システム」こそは絵画受容の新しい枠組みであり、今日のアート・ワールドまで強固にまで機能し続けている。

パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックらのキュビスムを中心とした前衛芸術の画商として名を馳せたカーンワイラーは現代美術におけるギャラリストの先駆けともいわれる新しい美術市場システムを作った。
パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックらのキュビスムを中心とした前衛芸術の画商として名を馳せたカーンワイラーは現代美術におけるギャラリストの先駆けともいわれる新しい美術市場システムを作った。

共通点3:ポスターや装飾など大衆芸術も対象範囲に


19世紀には、絵画、彫刻、建築といったこれまでのファインアートに対して、版画や装飾芸術、グラフィックデザインなどの大衆芸術が発展したのも大きな特徴だ。

 

1798年にドイツのゼーネフェルダーが発明したリトグラフは、大量印刷を可能にし、ロートレックミュシャといった人気グラフィックデザイナーを誕生させた。

 

中産階級の発展で壁紙や家具、書物の挿絵や装幀、ステンドグラスやタピスリー、モザイクや陶芸産業が盛んになると、芸術性の高い装飾芸術がヨーロッパに広がっていった。ラファエル前派やウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動などが代表的な例だろう。19世紀末に流行したアール・ヌーヴォーは19世紀固有の装飾芸術運動の頂点ともいうべきだろう。

21世紀の今日、マーク・ライデンをはじめロウブロウ・アートがゆっくりファインアートと同一市場で扱われはじめている点において共通しており、今後もこの傾向は続くだろう。


2018年アートバーゼル香港の様子。現代美術だけでなく、ロウブロウアートのマーク・ライデンの個展や、ジョルジョ・デ・キリコやパブロ・ピカソなど20世紀初頭の前衛芸術の巨匠たちの作品も一緒に展示・販売されている。

共通点4:写真や映像などニューメディアの誕生


写真の出現も大きい。1839年にダゲレオタイプの発表以後、写真術は改良を重ねて現実の再現力を獲得し、写実絵画の地位を脅かすことになった。

 

こうしたなかで、画家たちは写真と異なる表現方法を見出す必要があり、現実をありのまま再現するのではなく、画家が主観で感じたものを再現する印象派やロマン主義などが発展した。

 

その一方、写真の方でもアルフレッド・スティーグリッツなどは、現実をありのまま再現することから離れて、絵画のような「芸術」になることを目指し始めた

 

また、映像の出現(1859年)も絵画に大きな影響を与えた。映像の発明によって絵画における物語表現の重要度が低くなり、絵画にしかない特性を追求する動機付けを与えた。

写真を絵画のような「芸術」に昇華させた近代写真の父アルフレッド・スティーグリッツとアメリカ近代美術の母ジョージア・オキーフ。
写真を絵画のような「芸術」に昇華させた近代写真の父アルフレッド・スティーグリッツとアメリカ近代美術の母ジョージア・オキーフ。

共通点5:外来文化の流入と多様性


オリエンタリズム(東方趣味)ジャポニスム(日本趣味)プリミティヴィズム(原始主義)など、異文化との接触を通した19世紀美術の変容も忘れてはいけない。19世紀は万国博覧会の時代だった。

 

この問題は、19世紀の西洋列強の植民地化の進展と密接な結び付きがある。西洋列強が領土的野心とともに世界中に進出することで、西洋と外部の距離が一気に縮まり、その結果、外来からさまざまな文化や美術が流行する。

 

こうして生まれたのが万国博覧会である。特に1855年から1900年までに5度開かれたパリ万国博覧会は芸術家に大きな影響を与えた。ちなみにジャポニスムが西洋美術に本格的に浸透しはじめるのは1867年のパリ万国博覧会に日本が初めて正式に参加してからである。

 

今日のアウトサイダー・アートは、20世紀初頭に流行した素朴派やプリミティヴィズムの系譜にあるといえる。現在、アウトサイダー・アートはアート・ワールドとは別の市場で運営されているが、今後、1つの市場として扱われ、また美術史の流れの1つとして記録されるるかもしれない。

アウトサイダー・アートの巨匠ヘンリー・ダーガー
アウトサイダー・アートの巨匠ヘンリー・ダーガー

おもな近代美術の芸術運動


19世紀


ロマン主義フランシスコ・デ・ゴヤウィリアム・ターナーウジェーヌ・ドラクロワ

 

写実主義ギュスターヴ・クールベカミーユ・コロージャン=フランソワ・ミレー

 

印象派フレデリック・バジールギュスターヴ・カイユボットメアリー・カサットエドガー・ドガアルマン・ギヨマンエドゥアール・マネクロード・モネベルト・モリゾピエール=オーギュスト・ルノワールカミーユ・ピサロアルフレッド・シスレー

 

後期印象派ジョルジュ・スーラポール・ゴーギャンポール・セザンヌヴィンセント・ヴァン・ゴッホトゥールーズ・ロートレックアンリ・ルソー

 

象徴主義:ギュスターヴ・モロー、オディロン・ルドンエドワード・ムンク、ジェームズ・ホイッスラー、ジェームズ・アンソール

 

ナビ派:ピエール・ボナール、エドゥアール・ヴュイヤール、フェリックス・ヴァロットン、モーリス・ドニ、ポール・セリュジエ

 

アール・ヌーヴォーオーブリー・ビアズリーアルフォンス・ミュシャグスタフ・クリムト、アントニオ・ガウディ、オットー・ワーグナー、ウィーン工房、ヨーゼフ・ホフマン、アドルフ・ロース、コロマン・モーザー

 

分割描法ジャン・メッツァンジェロベール・ドローネー、ポール・シニャック、アンリ・エドモンド・クロス

 

初期近代彫刻家:アリスティド・マイヨール、オーギュスト・ロダン

20世紀初頭(第一次世界大戦まで)


抽象芸術フランシス・ピカビア、フランティセック・クプカ、ロベルト・ドローネー、レオポルド・シュルヴァージュ、ピエト・モンドリアン

 

フォーヴィスムアンドレ・ドランアンリ・マティスモーリス・ド・ヴラマンクジョルジュ・ブラック

 

表現主義:ブリュッケ、青騎士、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー、ワシリー・カンディンスキーフランツ・マルクエゴン・シーレオスカー・ココシュカ、エミール・ノルデ、アクセル・トーンマン、カール・シュミット=ロットルフ、マックス・ペヒシュタイン

 

未来主義:ジャコモ・バッラ、ウンベルト・ボッチョーニ、カルロ・カッラ、ジーノ・セヴェリーニ、ナターリヤ・ゴンチャローワ、ミハイル・ラリオーノフ

 

キュビスムパブロ・ピカソジョルジュ・ブラックジャン・メッツァンジェアルベール・グレーズフェルナンド・レジェロベルト・ドローネー、アンリ・ル・フォコニエ、マルセル・デュシャン、ジャック・ヴィヨン、フランシス・ピカビア、フアン・グリス

 

彫刻パブロ・ピカソアンリ・マティス、コンスタンティン・ブランクーシ、ジョゼフ・クサキー、アレクサンダー・アーキペンコ、レイモンド・デュシャン・ヴィヨン、ジャック・リプシッツ、オシップ・ザッキン

 

オルフィスムロベルト・ドローネー、ソニア・ドローネー、フランティセック・クプカ

 

写真ピクトリアリスム、ストレートフォトグラフィ

 

シュープレマティスムカシミール・マレーヴィチアレクサンドル・ロトチェンコエル・リシツキー

 

シンクロミズム:スタントン・マクドナルド=ライト、モーガン・ラッセル

 

ヴォーティシズム:パーシー・ウインダム・ルイス

 

ダダイスム:ジャン・アルプ、マルセル・デュシャンマックス・エルンストフランシス・ピカビアクルト・シュヴィッタース

第一次大戦後から第二次世界大戦まで


形而上絵画ジョルジョ・デ・キリコ、カルロ・カッラ、ジョルジョ・モランディ

 

デ・ステイル:テオ・ファン・ドゥースブルフ、ピエト・モンドリアン

 

表現主義エゴン・シーレアメディオ・モディリアーニ、シャイム・スーティン

 

新即物主義:マックス・ベックマン、オットー・ディクス、ジョージ・グロス

 

フィギュラティブ・アートアンリ・マティス、ピエール・ボナール

 

アメリカ近代美術:スチュアート・デイヴィス、アーサー・ダヴ、マーズデン・ハートレイ、ジョージ・オキーフ

 

構成主義:ナウム・ガボ、グスタフ・クルーツィス、モホリ=ナジ・ラースロー、エル・リシツキーカシミール・マレーヴィチアレクサンドル・ロトチェンコ、ヴァディン・メラー、ウラジーミル・タトリン

 

シュルレアリスムルネ・マグリットサルバドール・ダリマックス・エルンストジョルジョ・デ・キリコアンドレ・マッソンジョアン・ミロ

 

エコール・ド・パリマルク・シャガール

 

バウハウスワシリー・カンディンスキーパウル・クレー、ヨゼフ・アルバース

 

彫刻:アレクサンダー・カルダー、アルベルト・ジャコメッティ、ヘンリ・ムーア、パブロ・ピカソ、ガストン・ラシェーズ、フリオ・ゴンサレス

 

スコティッシュ・カラリスト:フランシス・カデル、サミュエル・ピプロー、レスリー・ハンター、ジョン・ダンカン・ファーガソン

 

シュプレマティスムカシミール・マレーヴィチ、アレクサンドラ・エクスター、オルガ・ローザノワ、ナジデダ・ユーダルツォーヴァ、イワン・クリウン、リュボーフィ・ポポーワ、ニコライ・スーチン、ニーナ・ゲンケ・メラー、イワン・プーニ、クセニア・ボーガスラヴスカイヤ

 

プレシジョニズム:チャールズ・シーラー、ジョージ・オールト

第二次世界大戦以後


・フィギュラティヴ・アート:ベルナール・ビュフェ、ジャン・カルズー、モーリス・ボイテル、ダニエル・デュ・ジャナランド、クロード・マックス・ロシュ

 

・彫刻:ヘンリ・ムーア、デビッド・スミス、トニー・スミス、アレクサンダー・カルダー、イサム・ノグチ、アルベルト・ジャコメッティ、アンソニー・カロ、ジャン・デュビュッフェ、イサック・ウィトキン、ルネ・イシュー、マリノ・マリーニ、ルイーズ・ネヴェルソン、アルバート・ブラーナ

 

・抽象表現主義ウィレム・デ・クーニングジャクソン・ポロック、ハンス・ホフマン、フランツ・クライン、ロバート・マザーウェル、クリフォード・スティル、リー・クラスナー、ジョアン・ミッチェル、マーク・ロスコバーネット・ニューマン

 

・アメリカ抽象芸術:イリヤ・ボロトフスキー、イブラム・ラッサウ、アド・ラインハルト、ヨゼフ・アルバース、バーゴインディラー

 

アール・ブリュットアドルフ・ヴェルフリ、オーガスト・ナッターラ、フェルディナン・シュヴァル、マッジ・ギル、ポール・サルヴァドール・ゴールデングリーン

 

・アルテ・ポーヴェラ:

・カラーフィールド・ペインティング

・タシスム

・コブラ

・デ・コラージュ

・ネオ・ダダ

・具象表現主義

・フルクサス

・ハプニング

・ダウ・アル・セット

・グループ・エルパソ

・幾何学抽象

・ハードエッジ・ペインティング

・キネティック・アート

・ランド・アート

・オートマティスック

・ミニマル・アート

・ポスト・ミニマリズム

・リリカル抽象

・新具象主義

・トランスアバンギャルド

・具象自由主義

・新写実主義

・オプ・アート

・アウトサイダー・アート

・フォトリアリズム

・ポップ・アート

・戦後ヨーロッパ具象絵画

・新ヨーロッパ絵画

・シャープ・キャンバス

・ソビエト絵画

・スペーシャ

・ビデオアート

・ビジョナリー・アート