ブログカテゴリ:グスタフ・クリムト



作品解説 · 22日 6月 2019
「ヘレーネ・ルイズ・クリムトの肖像」は1898年にグスタフ・クリムトによって制作された油彩作品。60cm✕40cm。スイスのベルン美術館が所蔵している。 ヘレーネ・クリムトはクリムトの姪にあたる。弟エルンストの娘である。弟のエルンストは1891年にヘレーネ・フレーゲと結婚、その年の7月28日にヘレーネが生まれる。しかし翌年1892年にエルンストが急死すると、クリムトは残された母子を預かる身となり、ヘレーナの法律上の保護者となった。 この作品はヘレーナが6歳のときに描かれたもので、1903年の分離派展で作品が展示された。絵の構図は耽美主義のホイッスラーの影響を受けていると思われる。

作品解説 · 12日 6月 2019
《ベートーヴェン・フリーズ》は1901年にグスタフ・クリムトによって描かれた壁画作品。縦7フィート(約2m)、横幅は112フィート(34m)もあり、重さは4トン。現在、分離派ビルディングの気温管理ができる地下室で常設展示されている。 1901年、オーストリアの作曲家ベートーベンに焦点をあてた第14回ウィーン分離派展示会を開催。《ベートーヴェン・フリーズ》はこの展示会のために描かれたものである。当時ほかに注目浴びた作品はマックス・クリンガーのベートーヴェンの彫刻作品である。 作品はベートーヴェン第九交響曲にもとづいており、3つの部分に分かれている。「幸福への憧れ」(左の壁)に続き、「敵対する勢力」(中央の壁)、そして「歓喜の歌」(右の壁)が描かれており、それらがホールの3つの壁面の上半分にフリーズ状に連なるよう構成されている。

作品解説 · 12日 6月 2019
《接吻》は1907年から1908年にかけて、オーストリアの画家グスタフ・クリムトによって制作された油彩作品。金箔が使われている。現在、ベルヴェデーレ宮殿オーストリア絵画館(オーストリア・ギャラリー)が所蔵している。 180cm✕180cmの正方形キャンバス上に抱き合う男女が描かれている。二人の身体にはアール・ヌーヴォーや初期アーツ・アンド・クラフツ運動で見られた有機的なフォルムと輪郭線が描かれ、また装飾的で精巧なローブで包まれ絡み合っている。男性のローブは長方形の模様が、女性のローブには円形の模様が描かれている。

作品解説 · 11日 6月 2019
《水蛇Ⅱ》は1904年にグスタフ・クリムトによって制作された油彩作品。80 x 145 cm。 ロシアの実業家ドミトリー・リボロフレフが、2013年にスイスの画商イブ・ブヴィエから1億8380万ドルで購入した作品で、現在個人蔵扱いとなっている。 クリムトの最盛期の作品の1つと見なされている。芸術における水中生物との関わりは、クリムトのような象徴主義の傾向のある作家にとって、人間への未知で超越的な宇宙を表現する方法の代表的な方法の1つだった。 また、クリムトは本作で国よる検閲を恐れず、官能的な文脈で女性の身体を可能な限り表現してみせた。 本作品におけるクリムトの装飾的な独創性は近づきがたい位置にあり、また平面的な装飾の美しさはこれ以上視覚化できるものではない。

作品解説 · 16日 1月 2019
《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I》は1903年から1907年にグスタフ・クリムトによって制作された油彩作品。金箔が多用されている。 本作品は、クリムトの「黄金時代」後期における最も完成度の高い作品である。クリムトによるブロッホ=バウアーの全身肖像画は2作品存在しているが、これは最初の作品である。2作品目は1912年に完成した。これらの2つの作品は一家が所有していた作品の1つである。アデーレは1925年に亡くなった。 2006年にブロッホ=バウアーの相続人による8年に及ぶ努力の末、絵画は親族に返却された。同年6月に1億3500万ドルでエスティ・ローダー社社長(当時)のロナルド・ローダーに売却され、現在はニューヨークのノイエ・ギャラリーが所蔵している。

芸術運動 · 16日 1月 2019
ウィーン分離派は1897年にオーストリアの芸術家たちによって創設された芸術運動。画家、彫刻家、建築家たちから構成される。初代理事長はグスタフ・クリムトとルドルフ・フォン・アルトで、彼らは名誉会長となった。ウィーン分離派が発行していた公式雑誌は『Ver Sacrum』という。 ウィーン分離派は1897年4月3日にグスタフ・クリムト、コロマン・モーザー、ヨーゼフ・ホフマン、ヨゼフ・マリア・オルブリッヒ、マックス・クルツヴァイル、ヴィルヘルム・ベルナツクをはじめ多数の芸術家によって創設された。 のちに参加した芸術家にエゴン・シーレ、オスカー・ココシュカがいる。オットー・ワーグナーはウィーン分離派の重要メンバーとして見なされることがあるが、創設メンバーではない。先行していたベルリンやミュンヘンの分離運動に続いて創設されたもので、1898年に第一回分離派展を開催している。

近現代美術 · 14日 1月 2019
グスタフ・クリムト(1862年7月14日-1918年2月6日)はオーストリアを代表する画家、ウィーン分離派の創設者であり、代表的なメンバー。装飾芸術、絵画、壁画、ドローイング、オブジェなどさまざまなメディアで制作。中心となるモチーフは女性の身体で、率直なエロティシズム表現が特徴である。 滅亡前のオーストリア=ハンガリー二重帝国の首都ウィーンの頽廃的な雰囲気を、豊麗な女のイメージによって、もっとも見事に形象化したといわれる。ハプスブルグ家の支配するオーストリア・ハンガリー帝国の首都として独特な爛熟した文化を生み出してきた世紀末のウィーンは、支配的な社会階層が贅沢な饗宴にうつつをぬかし、病的に快楽を追求した時代だった。現在の日本を彷彿させるところがある。

作品解説 · 14日 1月 2019
《ユディト》は1901年にグスタフ・クリムトによって制作された油彩作品。ホロフェルネスの首をはね、手に持つヘブライ人寡婦ユディトの姿を描いたものである。 ユディトは旧約聖書外伝「ユディト伝」に登場する女性。ユディトを主題とした絵画は一般的に、彼女の住むユダヤの町べトリアにホロフェルネス将軍が侵攻して町は陥落状態にあったが、ユディトが敵陣におもみきホロフェルネスの寝首を掻いて持ち帰り、敵軍は敗走するという物語を描写したものである。 クリムトが聖書の「ユディト伝」という主題に取り組もうとしていた時代は、すでに美術史においてユディットの解釈や基本的な表現方法は確立されつつあった。

作品解説 · 01日 8月 2017
《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 Ⅱ》は1912年にグスタフ・クリムトによって制作された油彩作品。アデーレ・ブロッホ=バウアー(1881−1925)はクリムトの親友でありパトロンである。またウィーンの芸術愛好家サロンに出入りしていた女性で、クリムトが唯一、絵のモデルとして描いた人物である。もうひとつの作品が、《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 Ⅰ》で、一般的にはこちらのほうが有名。

作品解説 · 05日 8月 2016
《メーダ・プリマヴェージの肖像》は1912年にグスタフ・クリムトによって制作された油彩作品。149.9cm✕110.5cm。メトロポリタン美術館所蔵。 モデルはクリムトやウィーン幻想派の大型パトロンだったオーストリアの実業家で銀行家のオットー・プリマヴェージの9歳の娘。...

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